2026年4月の労働安全衛生法改正と新指針のポイント
2026年4月1日施行される改正・労働安全衛生法により、すべての事業主にとって高年齢労働者の労働災害防止対策を講じることが「努力義務」となります。
これに基づき、厚生労働省から「高年齢者の労働災害防止のための指針」が公示されました。
高齢者の労働災害防止といえば、「エイジフレンドリーガイドライン」がありますが、今回の改正を機に、ガイドラインから法律に根拠を持つ指針に格上げして策定されたものです。
この新しいルールを読み解く中で、最も注目したのは、この指針が「具体的に何歳からが高年齢者か」をあえて明記していないという点です。
「高年齢者」というと、漠然とした響きがあります。
参考までに、高年齢者雇用安定法では55歳以上を「高年齢者」、45歳以上を「中高年齢者」と定義していますし、雇用保険法では65歳以上を「高年齢被保険者」としています。
では、今回の法改正ではどうなるのか?と、多くの人が関心を持たれるのではないでしょうか。
厚生労働省の「エイジフレンドリー補助金」では、高年齢労働者を60歳以上としているので、おおむね60歳として捉えるのが一般的な見方にはなるでしょう。※令和7年度のエイジフレンドリー補助金は終了しています。
ただ、「高年齢者の労働災害防止」と言いながら、あえて高年齢者を定義づけしていない。
私は、ここに大きな意味があると思っています。
年齢で線引きしない職場づくりの本質
私たちはつい「60歳になったから」、「65歳だから」と数字で人を判断しがちです。
殊に、雇用の現場では、年齢による取り扱いで差が生じるケースは少なくありません。
しかし、身体機能の変化には大きな個人差があり、一律に線引きすることは意味があるとは思えません。
例えば、「小さな文字が見えにくい」といったことも、40代から加速的に進む人もいれば、70代になってもまったく問題のない人もいます。
中高年女性に多いと言われる更年期障害についても、その症状はまちまちです。
実は、この指針の策定に向けた厚生労働省の検討会においても、専門家から「年齢で一律に区切るのではなく、個々の身体機能や作業実態に応じた対策が必要である」という極めて本質的な指摘がなされてきました。
特定の年齢を「リスク」と決めつけるのではなく、一人ひとりの「今」に向き合うこと。
そこには、これからの多世代共生社会において私たちが大切にすべき「働くことの本質」が詰まっています。
個人の意識だけでは防げない環境リスク
長く健やかに働き続けるためには、もちろん労働者自身が自分の身体の状態を正しく把握し、健康を守ろうとする意識(セルフケア)が欠かせません。
しかし、個人の意識や気合だけでは防げない事故があります。
「少し暗くて足元が見えにくい」、「床が滑りやすい」、「無理な姿勢を強いられる」……
こうした環境的なリスクを、個人の努力だけでカバーしようとすれば、必ずどこかに歪みが生じます。
働き手が「自分の健康を守ろう」と前向きになれるのは、会社が「安心して働ける環境」を整えているという信頼があってこそではないでしょうか。
ハード面とソフト面が両輪となって初めて、本当の意味での安全は成立します。
「小さな変化」を認め合える関係性こそが、最大の安全対策
「最近、手元が見えにくくなった」
「階段の昇降に不安を感じる」
「身体が疲れやすくなった」
働き手側からこうした本音を漏らすのは、実は勇気がいることです。
衰えを認めるようで怖い、周囲に迷惑をかけたくない、と感じる方も多いでしょう。
あるいは、「評価にマイナスの影響がでてしまうのではないか」、といった不安で口に出せない人も少なくないはずです。
しかし、こうした小さな変化を内に秘めて仕事をする中で、もし何か起きてしまったら?
無理をして事故を起こす前に、今のコンディションを伝え、それを踏まえた作業環境を共に整える。この「対話」こそが、どんなマニュアルよりも強力なバリアになります。
エイジフレンドリーな職場とは
この指針に基づく環境改善は、決して「今、高齢の方」だけのものではありません。
今、現場に設置する手すり、明るい照明、身体に負担をかけない工程設計。
これらはすべて、数十年後の自分たちが働くためのインフラになります。
「この会社なら、自分自身の変化を恐れず、安心して歳を重ねていける」
そう若手や中堅社員が思える職場は、何よりの採用競争力であり、組織の未来を守る投資です。
エイジフレンドリーな職場とは、「すべての世代にとって、ミスが起きにくく、心身に過度な負担をかけない職場」なのです。
また、「高年齢者の労働災害防止のための指針」では、職場環境の改善のみにとどまらず、職場における一定の働き方のルールを構築するように努めることなども掲げています。
例えば、複数の労働者で業務を分け合う、いわゆるワークシェアリングを行うことにより、高年齢者自身の健康や体力の状況、働き方のニーズに対応すること。
また、安全と健康の観点を踏まえた業務をマッチングすることなど、働き方や仕事内容についても言及している点は見逃せません。
安全は、最高の「信頼の証」
労働災害は、一瞬にしてその人のキャリアと人生を変えてしまいます。
働き手にとってはもちろんのこと、会社にとっても、長年培われた熟練の技術と信頼を失うことは、計り知れない損失です。
2026年4月の安衛法改正は、あくまでも事業主の努力義務ではありますが、「高齢者はいないから」、「面倒だから」と無視してしまうのは、もったいないと思います。
ちょうど時を同じくして、4月からは、「治療と就業の両立支援の推進」においても、労働施策総合推進法が改正されます。
働き手側においても、こうした法改正は、小さな声を上げる機会といえるでしょう。
検討会の議論でも触れられている通り、年齢による線引きをしないのは「一人ひとりをよく見てほしい」というメッセージだと、私は受け止めています。
参考資料:令和8年2月10日 「高年齢者の労働災害防止のための指針公示第1号」
